“何かに迷ったら安全ファーストで” #03

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スキンダイビングのライセンスを手にれた。

「スキンダイビング」と書くと洒落ているようだが、要は素潜りだ。
シュノーケルとフィンをつけて、肺に貯めた空気だけ潜水するもの。

3年前に海がきれいすぎて泳げるようにことをきっかけに、もっと潜れるようになりたいと思った。

「海」といえば荒れくれた日本海を思い浮かべる新潟育ちのわたしにとって、海は広くて怖いものだった。
鉛のように渦巻いた液体状の鈍器は、うかつに近づくと引き込まれる。
それでも、決して嫌いではなく、夏に必ず出来てしまうあせもは、海水に浸ればすっかり消えるので、入れるチャンスがあれば進んで入っていた。といっても、浮き輪にしがみついて長くて30分程度、日焼けを気にしながら漂う程度だ。なんといっても泳げない。

それが、鹿児島県はカケロマ島で入った海は様子が違っていた。
ヨットを出してもらって海を滑る。風と生の音に包まれながら、海の横顔をのぞき込むような気分。ポイントについてアンカーを下ろすと、そこは天と地がひっくり返ったように美しい“青空”で、ライフジャケットによって水面に縛り付けられた体は、まるで空を飛んでいるようだった。

そこへ、同じ舟に同乗していた女の子が飛び込んだ。

海の中を縫うようにどんどん潜っていき、あっという間にお魚たちと挨拶をしている。
純粋にうらやましかった。
わたしもそこに行きたいと思った。

その瞬間、いける、と思ってライフジャケットを脱いだ。
驚くことに、泳げるようになった。
海が怖くなくなったからだと思った。

だけど素潜りは簡単には出来なかった。
鼻に入り込む水が怖いし、気圧で耳が痛い。
それにやっぱり「こわい」。

海は自分の世界じゃない、息が詰まって気を失えば死ぬのだ。その時はどんだけ苦しいのだろう。
そう思うと緊張が高まった。

それでも、何度か練習していれば、少しは潜れるようになる。
ただ耳の違和感が長く続くし、何が危ないのか、気をつけるべきか、いまいち分からない。

東京に戻ってから、どこか泳げるところがないかと思った。

シュノーケルとフィンをつけて、海まで行かずに泳げるところが、この大都会東京ならあるんじゃないかと思って検索した。東京にないものなんてないだろう。予感は的中。プールでスクールに参加しながら泳げる場所を見つけた。やっぱり東京にないものなんてない。

そこで初めて「スキンダイビング」という言葉を知った。
なんとなく買っていた道具の選び方も知って、興味が湧いた。
習ってみたらどうなるのだろう。
もしかして、「うかつに死なない海コヤナギ」が手に入るではないかしら、と思った。

ゴールデンウィークに宮古島で行われた合宿に参加して、座学と実習をこなし、テストを受けた。
結果はなんとか合格。

そのライセンスカードを今日いただいた。

カードと一緒にわたしが通ったスクール「シトロバル・マリーナ」講師のみやこ先生のお手紙も同封してあって、そこには「海で死なないスキルが欲しい」と言ったわたしへのメッセージがあった。

“迷ったら安全ファーストで”

はい、とこころの中で返事する。
こころの中のコヤナギ先生が、スネ夫をみたいにすぐさま「すべてにおいてな」と小言を投げてきた。

海にもプールにもそう頻繁には行けないけれど、ライセンスカードがあれば、海が近くになった気がする。

ああ、やっぱり見たいな、あの青い世界を。

0039(25分)

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